子供の頃、海で溺れかけたことがある。
その時、私は六歳で、海で泳ぐのも、海に入るのも、海を見るのも、初めてだった。
どうして溺れそうになったのかは、覚えていない。
気がついたら、足が痺れたように引き攣れて、鼻から思いきり水を吸いこんで、自分の体が自分のものでなくなっていた。
容赦なく気管を侵す塩水。悲鳴を上げる肺。
夏の陽射しが降り注ぐ中、体も、意識も、どんどん沈みこんで行く。
もうダメだ、とか、自分は死ぬのだ、などと思う余裕もなかった。
辺り一面、薄明るいブルーの世界。
遠ざかる水面は眩いまでに美しく、己の身に起きている出来事が、全くのフィクションみたいだった。
だから、尚さら強烈に焼きついたのかもしれない。
意識を失う間際、背後から腰に回された、男のリアルな腕の感触が。身動ぎした時に一瞬見えた、暗くて深い、銀灰色の双眸が。彼の唇を介して与えられた、ほんの僅かな酸素の甘みが。
そして、何より――。
『大丈夫、心配ない』
水中で★曹ゥれた、歌うような声音。
『俺は人魚だ』
如何にも白昼夢らしい、その一言が。
*
あれから、十四年。
今年も、人魚と出会った季節≠ェ来る。
- 2005.06.10 -