Written by Ao Kamisawa.
『酷い貴方と狡い僕』
「――ねぇ、聞いてよ、ノブ!」
 お決まりの台詞を吐いて、貴方は美しい眉を不快に歪める。
「聞きたくねぇ」
 内心の本気を軽口に乗せて、僕は一応の拒絶を試みた。が、大抵、それは黙殺される。
「カズヤの奴、またドタキャンしたんだよ? それも、待ち合わせの二時間前! 酷すぎると思わない!?」
 二時間! というところでチョキを突き出し、酷すぎない? で、グーを振り回す。貴方は、いつもオーバー・アクションだ。
「……そりゃあ、ご愁傷様」
 その穴埋めに、つい三十分前、突然、駆り出された僕の立場は? という不平を飲みこみ、とりあえず相槌を打つ。
 だって、どうしようもないだろう?
 貴方がどんな理不尽な振る舞いをしようと、僕をただの男友達としてしか見ていなかろうと、僕の親友の彼女であろうと、惚れた女の誘いを断われる余裕を、僕は欠けらも持ち合わせていないのだから。
「で? 何で、あいつ来れなかったわけ?」
 甘みの足りない紅茶を一口啜り、僕はいつものように貴方を促す。
 大正時代を思わせるレトロな内装。店内に流れる控えめなBGM[クラシック]。磨きこまれた椅子の背が、射し込む西日を受けて飴色に輝く。
「バイト先、急に人手が足りなくなっちゃったんだって」
「ふーん。カズにしては、マトモな理由だな」
 時間にルーズで気分屋の親友を思い浮かべ、僕は率直な感想を述べた。だが、それは貴方のお気に召すコメントではなかったようで。
「だから、何!?」
 綺麗な二重の瞳で僕を睨みつけ、貴方は更にエキサイトする。
「マトモな理由があったからって、恋人を[ないがし]ろにしてイイってことにはならないでしょ!?」
「うん、まあ、そうだな」
 貴方の勢いに逆らうことなく、僕は頷いた。
 仕事だから仕方がない≠ニ理解≠キることは容易でも、それを、すんなり割り切れる≠ゥどうかは別問題だ。
 貴方は親友の彼女だから手を出せない≠ニわかっているのに、それでも会いたくて堪らなくなる≠フと同じようなもの……いや、ちょっと違うか。例えはともかく、貴方の気持ちはわかってあげられる。
「今日のために、お店、いっぱい予約したのに……」
 呟いて、貴方は物憂げにコーヒーをかき混ぜた。
 スプーンを抓む整えられた指、顎の先で揺れるキャラメル・ブラウンの髪、涙をこらえて噛み締めた唇。
 貴方は本当に酷い[ひと]だね。
 何で、僕の前でだけ、そんなに淋しい顔を見せるのかな。
 弱みにつけこみたくなるじゃないか。
 あんな奴、止めちゃえよ。って、[そそのか]しそうになるじゃないか。
 今すぐ、貴方を奪い去りたくなるじゃないか。
「……何軒?」
 静かに溜息を[]き、僕は言葉少なに尋ねた。顔を上げた貴方の目から、涙が零れ落ちる前に。
「……いいの?」
「いいよ」
 頷いた僕に、貴方は決まり悪そうな――でも、決して照れ隠しだけじゃない笑顔を見せる。
 そんなに嬉しそうに笑うなよ。本当は僕のことを……? なんて、勘違いしそうになるじゃないか。
「ただし、最後[ホテル]までは付き合わないからな」
 冗談めかしに付け足すと、貴方はケラケラと笑った。
「残念。せっかく、いい部屋取ったのに」
「バカ言ってんじゃねぇよ」
 笑えないジョークを軽く流したフリをして、僕はカップに残った紅茶をゆっくり飲み乾した。
「それじゃ、行きますか」
 伝票を掴んで立ち上がると、背中に貴方の囁く声を聞いた。
「ノブって、ホントにイイ奴だね」
 有り難くも何ともない、友達としての最高の賛辞。
 もう、耳にタコが出来るくらい、聞き飽きた。
「わかってんなら、もっと感謝しろよな」
 僕はふり返らずに応じた。
「これでも、綺麗なお姉ちゃん達から引く手数多なんだから。呼べば、いつでも来ると思うなよ?」
 あながち嘘でもない当て擦りを言う。
 もっとも、どんな女と過ごしていても、貴方からの呼び出しがあれば、すぐに別れて、駆けつけてしまうのが落ちだけど……。
 内心、溜息をこぼした時。
「そっか。そうだよね……」
 貴方のひどく沈んだ声がして、僕は、そのらしくない響き≠ノ、思わずふり向いた。
「いつか、ノブも誰かの特別≠ノなっちゃうんだもんね」
 案の定、僕を見つめる貴方の瞳は、バカ正直にしょ気ている。
 全く、貴方はつくづく酷い[ひと]だよ。
 ……でも、それは、お互い様かもしれないね。
「キープしておくなら、今の内だぞ?」
 [たち]の悪い洒落に見せかけて、僕は本音を打ち明けた。嘘とも本気とも、どちらにでもとれるような逃げ道≠残して。
 一瞬、貴方は返答に詰まった。僕を見返す瞳が、気弱に逸れる。
「……ま、当分、誰の特別≠ノなるつもりもないけどね」
 躊躇[ためら]う貴方の返事を待たず、僕はさっさと逃げ出した。
 拒絶されるのが恐いからじゃない。まして、貴方を困らせたくない、などというカッコイイ理由でもない。
 こうやって揺さぶりをかける度、貴方の心が微かにたじろぐ≠フを知っているから。知ってしまったから。
 少しずつ、揺らして、ずらして、傾けて。
 いつか、僕の腕に転がり落ちてくる日を夢見ている。
「それじゃあ、しばらくは、私がノブの特別≠ナ居てあげる」
 明らかな安堵の表情を浮かべ、[うそぶ]く貴方に、僕は苦笑で応じた。
「そいつは、どうも」
 わざと≠セとしたら、この上なく性悪な台詞。だが、それを素≠ナ言ってしまう貴方は、悪意がない分、なお残酷だ。
 そして、そんな貴方を[たぶら]かす僕は、もっと卑怯。
「やっぱり、ここ、お前の[おご]りな」
 僕は一度手にした伝票を貴方の右手に滑り込ませた。そのついでに、もう一芝居打っておく。
「その代わり――」
 貴方の指先を軽く握り、僕は不真面目な笑顔で囁いた。
 ちゃんと最後≠ワで付き合ってやるから。
「バーカ」
 ふふふ、と笑って僕の指を振り解き、貴方は、さっさと会計を済ませた。店を出たところで、他意のないウインク。
「これは、急に呼び付けたお詫び≠セからね」
 可愛い笑顔で釘をさされた。
 やっぱり、貴方は酷い[おんな]だ。
 だけど、やっぱり僕も狡いから。
「お詫びが紅茶一杯じゃ、安過ぎると思うんですけど?」
 宵闇の中、貴方の[せな]に手を回し、仮初の恋人に成り下がる。理屈も、プライドもない。
 僕は貴方が好きだから。
 アスファルトに伸びた、寄り添う二つの影を見下ろして、ふと馬鹿げたことを思いつく。
 酷い貴方と狡い僕。
 中々に、お似合いだとは思わないか?
終   - 2005.01.04 -

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