Written by Ao Kamisawa.
『奴隷 I 種』
第 66 話  混沌[こんとん]への疾走[しっそう]
 月を隠していた雲が、ちぎれるように晴れた。しんとした月光が辺りを朧に照らし出す。
「クロエ!」
 ユウザはサイファをその場に転がしたまま、急ぎ、地に伏した秘書官の元へ駆け寄った。
 自分と一緒にサイファに突き飛ばされたファルスが素早く立ち上がり、兵を走らせる。櫓へ急げ! それから、医師の手配を!
 絶対に間に合わないという絶望的な確信を抱きながら、それでもサイファの体に手を伸ばさずにいられなかった、あの瞬間。
 黒い人影が、奇跡のように矢面に立つのが見えた。
 それがクロエ・カートラムであると認識したのと、彼が矢を受けて倒れたのは、ほとんど同時であった。
「しっかりしろ!」
 右肩のあたりを背中から射抜かれたクロエは、痛みに顔をゆがめながら、ユウザを仰いだ。
「申し……訳……ございませ……ん、殿……下……。ヘンシェル……アマンを……張っており……ながら……この度の策謀……防ぎきれませ……んでした」
 私の不徳の致すところでございます、と肩で息をしながら切れ切れに言う。
「何を言う。ヘンシェルの見張りを命じたのは、今朝のことではないか。私だって、こんなに早く事が動き出すとは思いもしなかった」
「だからこそ……です。……私は、今日……見張り役の手配……が間に合わ
……ず……独り……で、あの者を追っておりました……。ついさっき……時計塔へ向かった奴を、追う……べきか、殿下にご報告……すべきか、迷った末
……に、奴から目を離し……お知らせに上がった殿下とも……すれ違いになってしま……い……急ぎ戻ったところで……この始末……です」
「わかった。わかったから、もう喋るな。間もなく、医者が来る」
「殿下……」
 喋るな、というのに、クロエはなおも言葉を続けた。
「サイファ・テイラント……は……無事……ですか?」
「ああ――」
「無事だよ」
 ユウザの声に重なるように、サイファ自ら答えた。まるで、自分が撃たれたかのような青白い顔をして、クロエの傍らにしゃがみこむ。
「ごめん。あたしを助けてくれたせいで、あんたが酷い目に……」
 言葉尻が消え入るように途切れた。唇をわななかせ、ぽろぽろと涙をこぼす。
「……大丈……夫……。この……程度の怪我……で……人は……死なな……い」
 クロエは頬に無理やり笑みを貼りつけると、ユウザに向かって目顔でうなずいた。彼の言いたいことは、良くわかっていた。
「心配するな。急所は外れている」
 ごめんね、ごめんね、と、いつまでも繰り返すサイファが痛々しくて、ユウザはそっと彼女の震える肩を抱き寄せた。
 テラが、これ以上彼女の背に十字架を負わせたくない、と言っていた意味が、今、[しん]から理解できた。
 多感な思春期に母親を失っているサイファは、他人の悲しみや苦しみに、必要以上に感応しすぎる。ましてや、その苦痛の原因が自分にあるとなれば、その精神状態は推して知るべしだ。
「助けられたお前が、その調子でどうする? そんなに我が身を責められては、クロエも助けた甲斐がないぞ」
「だって……」
 ぐずぐずと[はな]をすすりながら口ごもるサイファの頭を、ぽんぽんと軽く撫でてから、ユウザは彼女の頬を流れ落ちる涙を唇ですくい取った。
 たちまち、ぎょっとして仰け反った彼女に、片目を瞑って笑ってみせる。
「悪いな。涙を拭いてやろうにも、手持ちの手巾がない」
「あんたって奴は! こんな深刻な時に、不謹慎な悪ふざけするなよ!」
 頬を赤らめて憤慨するサイファに、内心、安堵の溜め息をつく。
「それでいい。いつまでも、めそめそ泣き続けるくらいなら、そうやって怒っている方がまだマシだ」
 良いな? と、横柄な態度で念押しすると、彼女は泣き出したいのをこらえたような仏頂面で、首を縦に振った。
 そこへ、ようやく御殿医が到着した。すぐさま、診察が始まる。
 しばらく、厳しい表情で怪我の様子を調べていた老医師は、一通り診断を終えるなり、うん、と大きくうなずいた。
「命に別状はございませんが、少々、傷が深いようでございます」
 早速、屋敷に戻って治療に入りましょう、と言って、クロエを運ぶよう、周りの兵士たちに指示を出す。
「先生、あたしも一緒に行きたい!」
 大の男三人がかりで運ばれようとするクロエに、サイファは自分から付き添いを申し出た。それへ、構わんでしょう、と医師が応じる。
「クロエを、お頼み申す」
 ユウザが深々と頭を下げると、医師は皺だらけの顔を更にクシャクシャにして微笑み、力強く請け合った。
「この爺の名誉にかけて、必ずや、元のお体に戻してみせまする」
 ご案じ召されますな、と。
「――三人とも、か?」
 報告を受けたユウザは、眉間に深い皺を刻んだ。
「はい。一人残らず、です」
 凶報を伝えたファルスの眉も、苦々しげにひそめられている。
「だから、こちらで預かると言ったのだ」
 短く舌打ちして、ユウザはすいと立ち上がった。
 ファルス他、数名の兵士が北西の櫓に乗りこんだ時、そこは既に、もぬけの殻だったという。サイファが放った矢の残骸と、数滴の血糊だけを残して――。
 そのため、捜査はヘンシェル・アマンと、彼に雇われたという二人の男の証言だけが頼りとなった。一連の事件へとつながるやもしれぬ、唯一の手がかりである。
 時刻が時刻だけに、取調べは翌早朝からと定め、ユウザは逸る心を抑えつつ、三人の身柄を帝都防衛隊の本部がある城下の詰所へ移送するよう命令した。
 しかし、城門をくぐる目前で邪魔が入った。騒ぎを聞きつけた近衛兵たちに、犯人の引渡しを要求されたのである。
 無論、これは想定内のことであった。
 本来、皇居内で起きた事件は近衛の管轄であり、帝都防衛隊に捜査権はない。
 だが、それでも、ユウザは一応の抵抗を試みた。
『己の恥をさらすのは不本意だが、仕方があるまい。実を言うと、あの男は私の恋敵でな。今宵の騒ぎは、銀の娘の所有権を賭けた、極めて私的な決闘だ。つい先ほど決着がついたゆえ、二度と私の奴隷に手を出さないと、一筆書かせに連れて行くところだった。よって、近衛の方々の手を煩わせるには及ばない』
 にこりともせず嘘八百を並べ立て、有無を言わせず罷り通った――と思った。
『お待ち下さい、皇太子殿下』
 暗がりから、切りつけるように呼び止められ、ユウザは仕方なく足を止めた。
『例え、取るに足らない痴情のもつれであったとしても――』
 篝火の仄明かりに浮かび上がったのは、コルテ・エカリア中将の薄笑いだった。神聖なる皇宮で起こった諍いを見過ごす訳には参りませぬ、と。
 こうして、ヘンシェル・アマンを含む三人を、止むを得ず近衛に預け、一夜が明けた今日――牢屋の中で、冷たくなった彼らの遺体が発見された。近衛の報告によれば、服毒による自殺≠セという。
「これから、エカリア中将のところへ行ってくる。最早、近衛には任せておけぬ。――ところで、彼らの遺体は?」
 外出の支度をしながら問うと、ファルスは困ったものだと言わんばかりの顔で答えた。
「一旦、牢の霊安室へ移しました。先ほど、近衛のものが家人に引き取らせようとしたのを、我が隊で引き止めてあります」
 検死もせぬ内に、さっさと厄介払いしたがっているのが見え見えでした、と不快を露わにする。
「朝一番に、そなたに様子を見てきてもらって、正解だったな。下手をすれば、遺体さえ文字通り葬られるところだった。――モーヴ、御殿医のルーアン殿は、まだクロエの傍に?」
「いえ、明け方には症状が落ち着きましたゆえ、一度、お屋敷に戻られました。昼過ぎに、また様子を診に来ていただくことになっておりますが、今すぐ呼んで参りましょうか?」
「そうしてもらえると助かる」
 内密にな、と囁いたユウザに、畏まりました、と頷き、モーヴが急ぎ足で退室する。
「ナザル、お前は一足先に牢へ行って、ルーアン殿の立会いを頼む。検死が済むまで、誰も近づけさせるな。――それからファルス、そなたは通常の職務に戻ってくれ。恐らく無駄だとは思うが、見回りのついでに、都内の医院に矢傷の治療に訪れた者がいなかったかどうか当たってほしい」
「はっ」
 短く敬礼して、ナザルとファルスが揃って部屋を辞した後、ユウザも間を置かず居室を出た。
 フラウ城内、帝国軍本部。
「これはこれは。皇太子殿下御自らお運びとは、光栄至極」
 机で書き物をしていたらしきコルテは、言葉とは裏腹に、入室してきたユウザをちらと見ただけで、再び書類に目を落とした。この男の不敬も、ここまで徹底していれば、いっそ清々しい。
「ご歓待、痛み入る。ところで、用件はわかっておろうな?」
 つかつかと机の前に歩み寄り、ユウザはわざと音立てて片手を突いた。鋭い眼差しで顔を上げたコルテを、真っ直ぐに見下ろす。
「はて、何用でございましょう?」
 ようやく筆を置き、コルテが姿勢を正した。
「払暁、そなたに預けた賊どもが、一人残らず殺されたそうだな。この不始末、一体どういう訳か説明してもらおう」
「殺された≠ニは、穏やかではございませんな。あれは自害でございました」
「笑止」
 ユウザは冷ややかに微笑んだ。
「他殺だろうと自殺だろうと、天下の帝国軍の牢獄で、そのような勝手を許したこと自体が大問題だ。いかに申し開きなされる?」
「確かに、身体検査の甘さは認めましょう。されど、捕らえられたヘンシェル・アマンは、コルヴェート・ダルネ殿の御縁類。拘束するにも、それなりの敬意を払ったまで。――それに、殿下にとっても好都合だったのでは? あの者が生きていれば、殿下とあの奴隷娘をめぐる醜聞が公になりますからな」
 そう言って、露骨な侮蔑の表情を見せたコルテに、思わず失笑がもれる。
「コルテ殿、嘘も方便、という言葉はご存じか? こうなってしまった今だから言うが、ヘンシェル・アマンは、アグディル殿下襲撃事件において、何らかの関わりがあったと目されていた人物だ。それが、どの程度の関与であったかは、奴が死んだ今、確かめようがない。だが、重要参考人として調べを進めようとしていた矢先、私の命が狙われたことは紛れもない事実だ」
「では、昨夜の騒動は……決闘ではない?」
「さよう」
「ならば、なぜ、あのような下卑た嘘をつかれた?」
 コルテの表情に、わずかながら苦味が浮かんだ。
「せっかく生け捕りにした犯人を、私自身の手で詮議するためだ」
「何と愚かな! 初めから真実を述べて下されば――」
「死なせはしなかった、とでも? 身体検査はおろか、監視すらまともに出来なかった無能が、何をほざくか! どうせ、半神の痴話喧嘩の相手と侮って、端から見張る気などなかったのであろう?」
 ユウザの指摘に、コルテは一瞬、口をつぐんだ。そんなことは……と、何事か言い訳しかけた彼の言葉を皆まで言わせず、一刀両断にする。
「とにかく、アグディル殿下の件を含め、これら一連の事件に関しては、近衛に代わって帝都防衛隊が捜査を行う。よもや、異論はあるまいな?」
「……致し方ありますまい」
 観念したようにコルテがうなずいた。
「結構。――良いか、コルテ中将殿。これは貸し≠セからな」
「御意」
 忌々しげに首肯したコルテを尻目に、ユウザはすぐさま執務殿へ引き返した。
 こんな日でも、公務は待ってくれない。
 そして、更なるとどめが刺される。
(何だって、このクソ忙しい時に!)
 人前で口汚い罵声を吐き出さぬよう、ユウザは拳を握ってたえねばならなかった。既に、やるべき事が飽和している頭の中で、こなすべき優先順位が目まぐるしく入れ替わる。
 つい今しがたハシリスに謁見してきたばかりだというバスティルが、密かにもたらしてくれた最新情報は、ユウザを完膚なきまでに打ちのめしてくれた。
「そのようなお話、陛下は一言も……」
 ついついもれた恨み言を、バスティルが苦笑まじりにすくい上げる。
「そこは多分、いつものお戯れだよ。当日まで秘密にしておいて、皆を、あっと言わせたかったのでしょう」
 各神殿に緘口令が敷かれたほどだからね、と言いつつ、私から聞いたというのは内緒だよ、と片目を瞑る。
 ハシリスが秘密裏に進めようとしていたのは、彼女自身が考案したという、前代未聞の祭事だった。
 帝都中に散らばっている各神殿の御神体を、主神殿であるソルヴァイユに集め、古代神話の絵巻を立体的に再現しようという壮大な計画である。実現すれば、さぞかし麗しい光景となるだろう。
 直系の皇族であるユウザでさえ、先日の立太子礼で初めて拝見を許された御神像が、広く一般市民にまで公開されるというのだから、今回のハシリスの思いつきは戯れ≠フ域を遥かに超えた、宗教革命≠ニも言えた。
 だが、その一大行事が、ある目的を達成するための偽装に過ぎないということは、すぐにわかった。
 真の狙いは、フェスターシャ像の開帳。
 ハシリスは、どうあってもサイファそっくりの像を衆目に晒し、女神の権威を纏わせるつもりだ。
 おまけに、その使い所≠ノ思い当たり、暗澹とする。立太子礼は、あくまで前哨戦に過ぎなかったのだ。
「来月の頭には、大事な国際会議が控えているというのに……それを承知の上での暴挙なのでしょうね」
 我知らず、深い溜め息がもれた。
 二週間後に迫った、アーレオス同盟の参加国会議。三年に一度、盟約の更新を兼ねて開かれるその大規模な国際会議は、盟主たるイグラットにとって、最も重要視される外交行事の一つである。
 会議自体の準備運営はもちろん、賓客たちを持て成す酒宴や宿泊施設にいたるまで、ありとあらゆることに細心の注意を払わなくてはならない。
 その極めて繊細な外交の場で、ハシリスは、輝くばかりの美貌の女神を、己の眷属として披露するつもりなのだろう。神々の系譜に君臨する、真の王――皇帝ハシリス四世が存在を際立たせるために。
 国内だけでも十分持て余しているサイファの影響力が国外にまで及ぶかと思うと、眩暈がしそうだった。全く以って、迷惑極まりない、最悪の使い所≠ナある。
「……叔父上。神官長であらせられる叔父上でしたら、とっくにお気づきだと思いますが、フェスタリク神殿の御神体は――」
「わかっております。初めてサイファ・テイラントを見た時は、我が目を疑いました」
 ユウザの言葉を引き継ぐ形で遮って、バスティルは気の毒そうに目を細めた。
「そうでなくとも風当たりが強いのに、このことが世に知れたら、あの娘は嵐にのみこまれてしまうだろうね……」
「嵐が来る前に、何か手を打ちます」
 ユウザは唇をきつく結んだ。何が何でも、何とかしなければならない。
 とは言え、相手は国家の最高権力者であり、百戦錬磨のハシリスである。相対する敵の手強さに、己の持ち駒が極端に少ないことを思い知らされる。
 どうすれば、ハシリスを出し抜くことができるだろう?
「いっその事、像を壊してしまおうか?」
 苦悩するユウザに向かって、私ならできるよ、と飄々と持ちかけてきた神官長を、それは職権乱用です、と苦笑いでいさめたところで、ふと妙案がひらめいた。
 しかし、それを実行するには、正に神官長の権限が――バスティルの協力が必要不可欠であり……。
「おや、何か、後ろめたい策を思いついたようだね?」
 沈黙したユウザを見て、勘の鋭い叔父はからかうように両の眉を持ち上げた。
「言ってごらん、ユウザ」
 私も手伝ってあげるから、と胸を張ってみせるバスティルに、ユウザは、いえ、と堅く首をふった。
 何が何でも何とかしたいのは山々だったが、手段は選ばなければならない。
 自分が考えた方法では、どんなに取り繕ったとしても、神官長の経歴に大きな傷がつく。己の我を通すために、叔父の将来を台無しにする訳にはいかない。
 何か、他に方法はないものか、と眉を寄せていると、横でバスティルがふいに微笑んだ。あの娘は幸せですね、と。
「え?」
 思わず訊き返すと、叔父はにこやかに答えた。
「こんなにもユウザに想われている娘は、国中どこを探したっていないでしょう?」
 少し妬けるよ、と悪戯な目をしたかと思うと、一転、真摯な面持ちになる。
「あの娘を全力で守っておやり。そなたが望むままに、私は力を貸すよ」
 ユウザはふっと力を抜いて笑った。
「……ありがとうございます、叔父上」
 父のアグディルはまだしも、従兄のナザルも、執事であるモーヴも、己を取り巻く人々は皆、ことごとく甘かったが、その最たる者が目の前にいる叔父であったことを、今さらながらに思い出す。
 バスティルは、いつでも、どんな状況であろうとも、必ずユウザに味方してくれた。例え、そのことで己が、どんな不利益をこうむろうとも……。
「ですが、この度は少々悪巧みが過ぎますゆえ、叔父上に多大なるご迷惑をおかけするのは必至。なるべく最小限の被害で済むよう計らいますので、しかるべき時が参りましたら、改めてご相談に上がります。――時に、あの見習い神官は息災でしょうか?」
「え? あぁ、ヴィム・コレットのことかい?」
 唐突に話題を変えられて、バスティルは面食らったようだった。先日そなたに頼まれた通り、今日からヘンシェル・アマンの下につくよう辞令を出したけど、と小首をかしげる。
「実は、遅くなりましたが、叔父上にご報告がございます――」
 昨晩、事態が大きく動き、ヘンシェルが帰らぬ人となったことや、その経緯について、ユウザは簡単に述べた。
「せっかく叔父上にご尽力いただきましたのに、このような結果となってしまい、誠に申し訳ございません」
「いや、それは構わないけれど……本当に、あのヘンシェルが、そんな恐ろしい謀を?」
 信じられない、と言わんばかりに叔父の顔が悲痛にゆがむ。
 ヘンシェルのことを『勤務態度は不真面目だが、性格は明るく、どこか憎めない』と評していただけに、彼の死はバスティルにとって大きな衝撃となったようだ。
「詳しい取調べを行う前でしたので、まだ何とも。しかし、私も奴が一連の首謀者とは思えないのです」
 サイファがヘンシェルの依頼でユウザを連れ出したのは事実だが、捕らえられた際、あれほど懸命に無実を主張していた男が、何の弁明もせぬまま自害するのは不自然だった。口封じに消された可能性は高い。
 もう一度、サイファから事情を聞き出す必要がある。
「ヘンシェルは、何度か神職にあるまじき罪を犯してはいましたが、命で償うべき類の重罪ではありませんでした。……真実が明らかにされるよう、心から祈ります」
 バスティルは重苦しい溜め息をこぼすと、思い出したようにユウザを見上げた。
「……では、ヴィムの扱いは、どうするのが良いだろう? 異動を取り消して、このまま宝物庫の係を続けさせようか?」
「いえ、生前のヘンシェルの様子を探るためにも、ヴィムには動いてもらった方が良いでしょう。それに、一度出した辞令をこの時宜に撤回したのでは、敵によけいな警戒心を抱かせかねません」
「なるほど。犯人は、まだソルヴァイユに潜んでいるかもしれないからね」
 表情を改めたバスティルに、ユウザも大きく頷きを返す。
「残念ながら、あれは伏魔殿です」
 そんな禍々しい場所に、神々をお迎えする訳にはいかない。
- 2012.7.29 -
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