Written by Ao Kamisawa.
『奴隷 I 種』
For. 宮神何季 様 - ご愛読感謝企画 : 1st
番 外 編  追憶[ついおく]旅路[たびじ]
 夜明け前、まだ薄闇に包まれたアスラン樹海を、足早に歩く男がいた。
 肩口まで捲くった両袖から伸びる、浅黒く、逞しい腕。どこか険しさの漂う、整った面立ち。しかし、その顔の半分は、赤銅色の長い前髪で覆われていた。
 この男、実は隻眼であった。
 去年まで、故郷の村で猟師をしていたのだが、狩猟中の事故が元で右目を失い、その頬にまで醜い傷跡が残ってしまったのだ。
 彼の名を、テラ・ムスカルという。
 今は、隣町の商家で、荷運びなどの肉体労働に明け暮れているが、それは使用人という立場ではなかった。その家の主で、彼の飲み友達でもあった男、ハナイ・ヴァンテーリに仕える奴隷≠ナある。
 厳格な種姓制度がはびこる、イグラット帝国。
 現人神たる皇帝が治める、この大国には、ある絶対的な掟があった。それは、自分より身分の高い者に請われれば、何人といえども、その者に隷属せねばならない――というものである。
 こうして、奴隷として求められた者たちは、用途に応じて三つの階級に分けられた。天与の美貌を以って主の心を慰める、上級の I 種。身の回りの雑事をこなす、中級の II 種。
 そして、ただの労働力として肉体を酷使する、下級の III 種――。テラは、この階級に属していた。
 奴隷の中でも、最も過酷とされるこの身分を、しかし、テラは、すんなりと受け入れていた。勿論、与えられる仕事はきついし、何をするにも主人の許可が必要で、煩わしい事この上ない。
 けれど、猟師として働けなくなった自分を、旧知の仲だったハナイが、是非に、と望んでくれたのは、正直なところ、あり難い申し出だった。田畑を持たないテラにとっては、自分の狩の腕だけが、生きる[すべ]だったからだ。
 おまけに、体が資本の III 種は、日に四度も食事が出され、睡眠時間も十分に確保されていた。おかげで、猟師をしていた頃より、体重が増えたくらいである。
 そして何より、自由を奪われる代償として奴隷に約束された唯一の権利――心身の解放以外の望みは、大抵、叶えられた。今、こうやって、一人で森の中を歩いているのも、主人の許可を得てのことだ。
 帝都に住んでいる幼馴染みが里帰りすることを聞きつけたテラは、すぐさま帰郷を願い出た。それに対してハナイは、ゆっくりしてくるがいいさ、と言って、二つ返事で休暇をくれた。日帰りするつもりだった彼に、二日間も。
 この寛大な主人に、テラは心の底から感謝した。もう二度と足を向けて寝られない。
 しかし――。
「もうすぐだ」
 もうすぐ、会える……。
 我知らず呟いて、テラはわずかに歩を速めた。
 故郷[ふるさと]、ディールへと向かう道すがら、彼の頭を占めていたのは、その鷹揚な主人でも、天国の両親に代わって自分を育ててくれた優しい祖父母でもなかった。
 幼なじみにして、最愛の少女。サイファ・テイラントの面影ばかりである。
 青玉のように煌く双眸。腰まで流れる豊かな銀髪。微笑みかけるその顔は、野に咲く百合の如く清らかで、見る者をたちまち虜にしてしまう――。
 そんな彼女が栄えある皇帝の I 種となったのは、今から三ヵ月前。テラがヴァンテーリ家に身を寄せるようになって、およそ半年後のことだった。
 生け捕りにした白い鷲をサイファ自ら皇帝に献上したところ、その場で召し抱えられたのだという。
 平民が皇帝陛下直属の奴隷になったのは帝国史上初のことで、この幸福な娘≠フ噂は瞬く間に国中を駆け巡った。辺境の地である彼らが故郷[こきょう]と、その隣町にも。
 この報せを聞いた時、テラは、とうとう来たるべき時が来たのだ、と思った。それは、もうずっと昔から[いだ]いていた、諦めという名の確信だった。
 奔放で、気高くて、美しいサイファ。
 一度でも、その輝きに[]れれば、誰もが我が物にと願う、至高の宝玉。いつか、高貴な者の手に渡ってしまうかもしれないと、覚悟はしていた。
 それでも……。
「あーあ」
 つい、溜息がこぼれてしまう。
 心の何処かで、テラは[のろ]いにも似た期待を[いだ]いていたのだ。どうせ自分のものにならぬなら、せめて、この広い樹海の奥で、誰の目にも触れることなく、彼女が静かに朽ちてくれる事を――。
(まあ、神様に見初められたんじゃ、どうしようもねぇな)
 テラは小さく笑った。自分でも呆れる程の、歪んだ独占欲。
「昔は良かったよなぁ……」
 そう独り[]ち、テラは幼き日々に思いを馳せた。
 奴隷制度どころか、自分の身分さえも知らなかった、あの頃に――。
 物心ついた時には、既に、テラの背中には、銀色の影が貼りついていた。彼は、ひょいっと後ろをふり返り、その影に笑いかける。
「なあ、サイファ。あれ、何だか分かるか?」
 ディールを囲む濃い緑の中。テラは、前方に見える大木を指差した。
 その梢にぶら下がっているのは、林檎の実ほどの、薄茶色の球体。 香蜜蜂[こうみつばち]の巣である。
 香蜜蜂≠ェ集めた蜜は、その名の通り、非常に良い香りがする。サラリとした口当たりだが、味は極めて濃厚で、子供のおやつとして、よく牛乳に混ぜて出される。
 それはさて置き――。
「ううん」
 青い瞳を不思議そうに見開いて、何なんだ? と、尋ねてくる幼い少女に、テラは内心でほくそ笑んだ。
「あれはな、甘〜い、甘〜い、お菓子の実だ」
「えっ!? 本当!?」
 テラの空言に、サイファがたちまち目を輝かせる。
 自分より年長で、頼りになる……はずの幼なじみを、彼女は欠けらも疑わないのだ。
 吹き出してしまいそうになるのを必死に[こら]えて、テラは厳かに頷いてみせる。素直なサイファは、からかい甲斐があった。
「今、俺が取ってきてやるから、お前は、ここで待ってろよ」
 テラは小脇に抱えていた弓をサイファに預けると、靴を脱ぎ捨て、木によじ登った。幹に掴まりながら、細い枝の先端に腕を伸ばす。
(――もう少し)
 下からは、ほとんど野次とも思えるような、サイファの声援が聞こえてくる。
「あと少しじゃねぇか! 根性みせろ!」
 樹上で悪戦苦闘しながら、テラは苦い笑みをもらした。頑張ってね、とか言えないのかよ?
 しかし、この美少女にあるまじきサイファの口汚さは、他でも無い、自分の所為だった。
 テラのことを実兄のように慕っていたサイファは、彼の後をついて回っては、何でもかんでも真似するのだ。悪態じみた口調から、粗暴な仕草まで……。
(あーあ。また、ライアおばちゃんに怒られるぞ)
 サイファの母、ライア・テイラントのお小言が、耳の奥にありありと蘇る。
『こんなに乱暴者になっちゃって! お嫁に行けなくなったら、どうするの?』
 それは、サイファに向かって発せられた言葉だったが、その元凶であるテラとしては、自分が責められているような気がして、ちくちくと胸が痛んだ。
 もし、本当に嫁の貰い手が無かったら……?
(やっぱり、俺が貰ってやるしかないんだろうなぁ……)
 なんて、満更でも無い妄想に耽っていた時、テラの指が蜂の巣を掠めた。途端に、枝にくっついていた部分が、ぽろりと離れる。
「げっ!」
 ひゅーんと落ちていく物体に、慌てて手を伸ばすも、間に合わない。しかも、落下しながら、黄色と黒のシマシマが、いっぱい、いっぱい、飛び出したような……。
「ヤバイ! サイファ、逃げろ!」
 テラの叫びが届く前に、彼女は落ちてきたお菓子の実≠ノトコトコと歩みよった。次の瞬間――。
「きゃあああっ!!!!!」
 木々を揺らすようなサイファの絶叫が森に木霊[こだま]した――。
(……あれは、かなり危なかったよな)
 テラはぶるりと体を震わせた。今思い出しても、ぞっとする。
 結局、二人して蜂に刺されまくり、泣きじゃくるサイファをテラが負ぶって、何とかその場から逃げ出した。刺された跡は赤く腫れ上がり、数日間、そのままだった。
 おかげで、大人たちには、こっぴどく叱られるし、遊び仲間からは、お化け、お化け、と冷やかされるしで、散々な目に遭った。
 唯一の慰みといえば、命がけで持ち帰った蜂の巣に、思いがけず、たくさんの蜜が詰まっていた事だった。目の上に赤紫の痣を作ったサイファが、泣きながら、美味しい、と舐めていた姿は、微妙に恐ろしかったが……。
(それにしても――)
 前髪の上から右目を押さえ、テラは小さく自嘲した。今も昔も、自分の馬鹿さ加減は変わらない、と。
 自分の人生が覆された、一瞬の事故。
 あの時も、全く同じ事に気を取られていたのだ。サイファを幸せにしてやれるのは自分しかいない、などという独り善がりの妄想に……。
「サイファ! 脚を狙え!」
 テラの指示と同時に、猛烈な勢いで向かってくる猪の後ろ足に、サイファの矢が突き立った。続けて、前足にも。
 たまらずよろめいた獣に、テラが留めの矢を放つ。顔と胴に、一本ずつ。
 倒れた猪は、轟くような断末魔の叫びを上げ、体をピクピクと痙攣させた。やがて、その動きも緩やかに停止する。
「ふう……」
 額の汗を拭い、テラは仕留めた獲物に近づいた。横から援護したサイファも、茂みを掻き分けて出てくる。
「命を奪うは、永久[とこしえ]の罪。この罪を[かて]とする卑しき我が身を、赦し給え――」
 二人並んで跪き、奪ってしまった命に祈りを捧げると、サイファは獲物の体から矢を引き抜いた。
「迷わず、あの世に行けよ」
 優しく囁いて、矢を半分に折っていく。これが、彼女流の弔いなのだ。それ自体は、一向に構わないのだけれど……。
 自分の分が終わると、サイファは残る二本――テラの矢にも手を伸ばした。
「あ、こら! 俺のは折るんじゃねぇ!」
 止めに入ったテラに、ケチケチするなよ、とあっさり言い放って、全部、折ってしまう。
「お前なぁ……。俺にまで、自分の信仰を押しつけるなよ」
 テラはやれやれと、[かぶり]を振った。だから、お前と組むのは嫌なんだ、とかなり本気でぼやく。
 七歳の頃から、テラに師事してきたサイファは、今では、村一番の腕と呼ばれる程、立派な狩人に成長していた。
 数年前、既に一人立ちさせたのだが、テラとしても、大きな獲物を狙う時は、誰かと組んだ方が都合が良いので、たまに、彼女を連れて狩をする。
 そうすると、今日のように、新品の矢までバキバキと折られてしまうのだ。
「だって、死者に最高の礼を尽くすのは、当然の事だろう?」
 サイファが負けじと食い下がるので、テラはにっかり笑って毒づいた。
「わかった。今度、お前と狩をする時は、鉄の矢を持ってくる」
 折れるもんなら、折ってみやがれ、と。
「くっ……」
 とっさに、上手い台詞が出てこなかったとみえ、サイファは不満も露わに唇を突き出した。上目遣いにテラを睨み、そんな事したら地獄に落ちるぞ、と負け惜しみを言う。
 その姿が、どうしようもなく可愛くて、テラは、たちまち頬がゆるゆるになるのを感じた。本当は、その尖った唇に口づけたいところだが、百歩譲って、頭を撫でるに[とど]めておく。冗談だよ、と。
「帰るぞ」
 サイファに背を向けると、テラは、猪の手足を縄で括り、よっこらせ、と肩に担いだ。いつものように、サイファが後ろからついてくる。
(……そろそろ、兄貴のふりも疲れてきたな)
 心の中で、テラは嘆息を漏らした。
 テラが、サイファのことを女として真剣に想い始めたのは、ライアが病気で亡くなって、しばらく経った頃だった。
 それまでも、無論、サイファが好きだった。だから、彼女に妙なちょっかいを出してくる男は片っ端からシメてきたし、隣町まで用足しに行く時も、一緒に行きたい、とねだるサイファを土産で黙らせ、外の世界に出さずにきた。
 だけど、あの日から、何かが変わった。
 ライアが息を引き取った直後から、サイファは小さな母親になった。家事全般を一人でこなし、傷悴してしまった父を慰め、まだ赤ん坊だった弟の面倒をみて……。
 気丈に振る舞うサイファを見て、テラは密かに安堵したものだった。これだけ頑張れるなら、母親を失った痛みも、きっと乗り越えられるだろう――。
 しかし、それから間もなく、彼女の左耳に金の飾りが輝くようになって、テラは、自分の見込み違いに気づいた。それは、ライアの形見の品だった。
 [いにしえ]の民間信仰。
 亡くなった人が生前大事にしていた物を身につけると、その霊が自分の体に宿り、共に生き続けることが出来るという。それを死人[しびと][しゅ]≠ニ呼ぶ。
 死んでしまった者を、いつまでも追い求めるこの行為は、天衣無縫だったサイファに、冷たい死の影を纏わせた。いや、むしろ、隠していた死への憧憬を、露わにしたと言うべきかもしれない。
 無理をしていただけなのだ。
 周囲から、頑張って、と励まされる度、頑張るよ、と健気に頷いていたサイファ。頑張って、頑張って、頑張って……一体、いつまで頑張れば、救われるのか?
 死人の守に[すが]る娘を心配した父親にさえ――父親にだからこそ、大丈夫だよ、と微笑んでみせたサイファに、テラは激しく動揺した。透けるような、淡い笑み。
 あれの何処が大丈夫なんだ!? 今にも、消えてしまいそうな顔をして!
 あの時のサイファの笑顔を、テラは一生忘れない。
 自分が支えてやろう、と――支えられるのは自分しかいない、とまで思った。ライアの影を追うその心ごと、自分が守ってやる。
 当時、サイファは十一歳で、テラは十四歳。翌年、成人の儀を控えた彼は、将来について色々と考え始めた頃でもあった。猟師として自活していく決意とか、結婚の事とか――。
 だけど、サイファはまだまだ子供で、自分に寄せられる想いが肉親の情に近いものだという事を、テラは痛いほど判っていた。
 だから、もう少し待とうと思った。彼女が社会的にも精神的にも大人になって、自分を男として見てくれるようになるまで。
 それなのに……。
「はああああ……」
 テラは思わず深い溜息を[]いた。
 十六歳になった今でも、サイファは全然変わらなかった。年頃の娘のくせに、色事には、かなり鈍感だし、身に帯びた憂愁も、そのままである。
 でも、そんな幼く儚い彼女を、愛しい、と思ってしまうのも事実で、テラは決意を新たにした。
(やっぱり、俺が貰ってやるしかない!)
 蜂に刺されて不細工になった顔も、頑固で融通が利かない性格も、心の奥に宿した深い闇も、全て許せる自分なら、サイファを絶対に幸せにしてやれる、と。
 その時だった。
「あ! テラ、ちょっと見てよ!」
 サイファに袖口を引かれ、テラは我に返った。
「何だよ?」
 ふり向いた瞬間、あそこに熊の子供がいる、と横を向いた彼女と、立ち上がった親熊の姿がだぶった――。
 体が、勝手に動く。
 危ない! と、叫ぶより、彼女の腕を引き寄せるより早く、テラはサイファと振りかぶった熊の間に身を滑らせていた。そして、頭の上に岩を落とされたような衝撃――。
 そこで、意識が途絶えた。
 あの時、子熊に気を取られていたサイファは、テラに守られた≠ニいう認識が無かった。それは、彼女だけでなく、テラにとっても幸いだった。
 そうでなくとも不安定なサイファに、自分の失明の責任まで加えることになったら、とてもじゃないが、遣り切れないと思った。幸せにしてやるどころか、自分の存在そのものが、重圧になってしまうなんて――。
 だから、真実を告げるつもりは更々無かった。サイファの身代わりになったことも、後悔は無い。右目一つと彼女の命を引き換えに出来たのだから、安いものだと思う。
 だけど、時々、考えてしまう。
 もし、この目を失ったのが自分ではなく、サイファだったら――?
 美貌を損ねた彼女なら、誰にも奪われること無く、自分のものに出来たのではなかろうか、と……。
(俺じゃ駄目だって事くらい、神様は、ちゃーんとお見通しだったんだな)
 頬に残る引き[]れた傷跡をなぞり、テラは唇を歪めた。
 こんな[よこしま]な自分では、やはり、清いサイファには相応しくないという事なのだろう。
 そんな事を思っている内に、村に着いた。
 ディール村≠フ文字が刻まれた石門をくぐると、テラに気づいた村人たちが、お帰りなさい、と口々に声をかけてくれる。
「ただいま」
 彼らに笑顔で応じながら、テラは大股で歩いた。
 足は、真っ直ぐに、サイファの家へと向いていた。だが、途中で猟師仲間に出くわし、方向転換する。何だか良く判らないが、こんな朝っぱらから、サイファは村長の家にいるという。
 そして、彼の目に村長宅の赤茶けた外壁が映った時、そこに銀色の影が走った。長い髪をなびかせたサイファが、逸散に駆けてくる。
 テラは大きく手を振った。
 こぼれるような笑みを浮かべるサイファに、胸が踊る。やはり、彼女が無事で良かった、と――。
「テラ!」
 自分の名を呼んで、サイファが首筋にしがみついて来た。そのしなやかな躰を、テラは力一杯抱き返す。
 これでいい、と思った。
 例え、男として見てもらえなくても、自分は彼女にとって、唯一無二の存在なのだ。幼なじみという、恋人や主人とは違って、絶対に、取って代わられることの無い地位――。
 テラが些細な優越感に浸っていた時、突き刺さるような、鋭い気配を感じた。わずかに顔を上げると、村長宅の前で、こちらを見据える男がある。
 すらりとした長身の若者で、その顔は同性のテラの目にも美しく、魅惑的に映った。しかし、その美貌すらも帳消しにしてしまうような[おびただ]しい殺気に、寒気を覚える。
(あいつ……)
 自分に向けられる激しい敵意を、テラは小さく鼻で笑った。
 この手の視線には、馴れっこだった。サイファの隣に立つ者への、強烈な嫉妬心――。
 だが、それだけでは無かった。
 彼を取り巻く凛とした空気に、言いようの無い高鳴りを覚える。この男は、自分がこれまでに退けてきた奴らとは、明らかに格が違う。
(まずは、お手並み拝見)
 にっと笑って、テラはサイファの頬に口づけた。
 世にも甘美な挑戦状。受け取った男が、黒い外衣[マント]を揺らして、ゆっくりと近づいて来る。
(そうこなくちゃ)
 テラは、気恥ずかしそうに笑っているサイファに、目を戻した。
 十数年間、大事に、大事に守り続けた少女。
 この宝玉に触れたくば、まずは番人の手を払い除けるがいい。
 澄み切った空を渡る、六条の朝陽。
 戦いの火蓋が、静かに切って落された――。
終   - 2003.08.03 -

POSTSCRIPT

* 反転させて読んで下さい。
『奴隷 I 種』 番外編、第二弾です。
今回のお題は「テラの空言に翻弄されていた頃のサイファ」&「テラの事故のシチュエーションを詳しく」という、二本立てだったのですが……。白状します。これは、かなりしんどかったです(泣)。二つの時期が相当離れているので、「現在」と「過去」と、さらに「過去の中の回想」と、忙しい組み立てになってしまいました(汗)。
しかも、今回も暗い! どうして、番外編を書くと、こう暗い方へ、暗い方へと突っ走ってしまうのでしょう?
でも、テラの視点で書けたので、本編に書ききれなかった彼の想いなどが、多少なりともお伝えできたような気がします。まだまだ、書き足りないことは多いのですが。
そんなわけで、何季様のご要望に添えているのかどうか、甚だ疑問ではありますが、こんな感じに仕上がりました。
神沢 青
  
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