Written by Ao Kamisawa.
『更け行く秋にサングラスをかけて』
第 9 話  [おんな]トモダチ
「美央っち、最近、図書室に行かなくなったね」
 文ちゃんの箸を割る音が、パキリと、やけに大きく響いた。学食の喧騒にも負けずに。
 この質問がいつなされるのか、アタシは無意識のうちに待ち構えていたように思う。
「うん。ちょっとね、あるものにハマっちゃって」
 アタシはうどんに七味をふりながら、平常心を装った。あるもの≠ニぼかしたところで、何に? と聞かれるのはわかりきっていたけれど、ストレートに恋をしている≠ニは言いづらかった。でも――。
「彼氏でもできた?」
 いきなり核心に迫られ、アタシは瞠目した。
「当たり、だね?」
 アタシの返事を待つまでもなく、文ちゃんは確信していた。
「そうじゃないかと思ってたんだぁ」
 最近つき合い悪かったしね、とか、隠さなくてもいいのに、とか言いながら、拗ねたように口をとがらせる。
「別に、隠してたわけじゃないんだよ。それに、まだ彼氏じゃないし……」
「片思いってこと?」
「んー、それとも微妙に違う」
 アタシは秘密にしていた後ろめたさもあって、すっかり自白モードになった。いや、むしろ、独りで溜めこんでいた想いを、文ちゃんに聞いてもらいたくなったのだと思う。
 アタシは一之瀬との出会いから現在までを、大まかに話した。その間、文ちゃんは相づちをうったり、質問をはさんだりしながら、熱心に聴いてくれた。そして、すっかり聞き終えてから、くぅー、と低くうなった。
「いい恋してるねぇ」
 おめでとう、と、にっこり笑って。
 その、あまりに人の良い笑顔を見て、アタシは不覚にも涙ぐんでしまった。
 文ちゃんは、心の可愛い人だ。女同士の友情も捨てたものではないと、心底思う。
「でも、そろそろ美央っちの正体、明かしておいた方がいいんじゃないかなぁ? これから、ちゃんとつき合っていくつもりなら、隠し事は良くないと思うよ? それに、校内でバッタリ会っちゃったら、面倒なことになるだろうし」
「うん……アタシも、そう思ってた」
 社会人であると、自分から嘘をついたわけではないけれど、一之瀬の勘違いを訂正しなかったのはまぎれもない事実で、もし彼にそこをつかれたら、アタシは返す言葉がない。
 今さらでも、正直に話したら許してくれるだろうか? 思わず、溜め息がもれた。
「大丈夫だよ、美央」
 アタシの不安を見透かしたように、文ちゃんはキッパリ言い切った。
「私が思うに、彼は本物のヒーローだから」
 絶対にヒロインを傷つけたりしないよ、と茶化すように微笑みながら。
- 2010.01.01 -
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